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今年をふり返る&今日の詩(148)「Avanti」  



皆様への手紙 ―今年をふり返る―

2020年、私達は皆、今迄にない日常を経験しました。それぞれにがんばった自分を大晦日の今日は、ほめたい気がします。コロナ禍は続き、21年にトンネルの出口が見えるのを心から願うと共に、社会も個人も、詩を書く者としても〝本当の価値観〟が密かに問われていることを思います。


難題が続き、コロナ禍を通して考える中で、結果的に心の距離が近づいた人もいます。また、原稿を書くのも、朗読の舞台も「この時代に何を、いかに届けるか」という意識も芽生えています。


今年は僕にとって二人、仲間が若くして人生から旅立ちました。二人とも、優れた感性と心をもつ、才のある人でした。僕が彼等の面影を忘れず、彼等の分も、生きることができますように。


個人的には取材していただいた、御縁のある編集者に出会ったこと・親しい詩人の活動20周年に出演したこと・「コトバスラムジャパン」の東東京大会で決勝の舞台に立てたこと・そして、写真詩集「天の指揮者」を刊行したこと――。家族と、仲間と、今年僕と出会っていただいた皆様への感謝をこめて、今年最後の今日の詩(148)をお届けします。


では皆様、良いお年を 。一年分の『 ありがとう 』をこめて (^^)


Avanti 
          服部 剛 

詩人の友の「活動二十周年」を祝う
朗読会に出演した  

それぞれの闇を越えて、再会を祝う
ステキな言葉の夜だった 

トリの朗読をした彼が
最後の詩を読んだ後
客席の後ろにいたほろ酔いの僕が 
頭と頭のすき間から
「あんこ~る」の声を届ければ 
会場に手拍子は高鳴り
「しょうがないなぁ」と照れながら
彼はもう一篇の詩を、手にした 

その朗読で彼は
若くして世を去った詩人を惜しみ説教をした

「死んじゃうってことは、才能がないね」
「生きてるってことは、可能性だね」

それは金八先生を彷彿とさせる
語りであった

やがて朗読ライブがはねて
もう一人の出演詩人の友と、三人で
高田馬場で一番うまいラーメン屋の
カウンターに肩を並べ
味噌ラーメンにニンニクを少々入れて
レモンサワーをごくり、とやった

帰り際の交差点で
二人の肩に手を置いて
「三本の矢って、折れないから
 僕もがんばるからさ」

そう言った後、僕が以前に
「ぽえとりー劇場」という朗読会の司会をした
BensCafeの跡地へ行き
ひとり佇んでいた

(懐かしい、言葉の夜の賑わいと
 もういない幾人かの詩人の面影を視ていた)

コロナ禍の二十三時
すでにシャッターは下りていた
現在の店の名前は「Avanti」

暗がりに光るスマホで
僕は電子の辞書を引く
気づくとなぜか
しょっぱいものが目に滲(にじ)み、拭いていた

「Avanti」

前へ、前進、もっと先へ 






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今日の詩(147)「岩の顔」 



岩の顔
     服部 剛 

岩には、顔が隠れている
口を開け、叫ぶ顔は恐そうだが
岩の本人は、そうでもなく
案外あかるい、無音の呼び声なのだ

岩と岩のつらなる下に
崩れた岩の口元から、源泉の湯は流れ
心身を温める
男がひとり

その頃、女湯では
妻と障がいをもつ幼い息子が
うっかり忘れたシャンプーを
隣り合わせたお婆さんから、借りている 

天国でも地獄でもない世の中で
日々のニュースは暗くとも
そんなに悪くはないさ、と思える場面は
今日もこの町の何処かにあり 

  ざばーん 

と、湯舟から上がった男は
お湯の出る
崩れた顔の岩に、一礼して
ゆげのぼるからだを、タオルで拭った  




今日の詩(146)「 車窓 」 



「車窓」 
      服部 剛 

線路は明日へ、延びてゆく
明日の線路は、過去へ至り
過去はまた道の続きへ

二度とない今日の日を経て
旅の列車は走り始める

恋に傷んだ、町を過ぎ
日々の重さに憂う、町を過ぎ
0・1秒のいまを過ぎる 車窓

ビル・ビル・雲・学校・工場
過去・過去・いま
いま・いま・明日
明日・明日・いま
いつしか――山・山・霧
の向こうに透ける白い太陽

全ては やがて
思い出になるだろう

旅の列車の
前に座る、女子がふたり
ささやかに語らう
日々の恋の懊悩(おうのう)よ

いつか今日の場面は
額縁に納まる 一枚の絵 になるだろう

遠い空の下にいる友よ
あの日の君も、僕も、弱かった
人生とやらに
耐えかねて

だけどいま思う

その源の〝 思い出〟という地点から
物語の頁の余白に 作家の文字は走り始める

ウイルスの蔓延(はびこ)る
この地上に瞬く星を探す
旅の始まり

あなたと私のサークルは
日常に宿る 宇宙の輪
道は続いて、延びてゆく 






今日の詩(145)「お告げの鐘」 



 十一月三日、優れた詩人で舞踏家の鶴山欣也さんが病により、五十四歳の若さで旅立ちました。彼は以前に僕が主宰した「ぽえとりー劇場」でも(のべ千人位朗読した中でも)特に印象に残る素晴らしい朗読をしてくれました。


 その後一回彼と飲んだのも大切な思い出ですが、久々に会った時に僕の役割というか、道について本音で語ってくれた場面に励まされたことも、心に残っています。 あと、ポエトリーリーディング(詩の朗読)のイベントで『JET POET』を主宰されて、司会でグラスを片手に「俺達のやっていることには意味があるんだ」と語っていたのも、深く心に残る言葉です。


 旅立たれたことは、浅草でスマホを見て、知りました。珈琲店に入ると詩が思い浮かび、僕は内面の「書け!」という促しに応じて「お告げの鐘」という、一篇の詩を書きました。その声は僕の内面の声か、鶴山さんの声かわかりません。ただ、静かでポジティブな声が僕の内面に響き、ペンを手に取ったことは、確かです。


 直接、鶴山さんのことを書いた追悼詩ではありませんが、この世で詩を通して出逢った感謝をこめて、ZULU(鶴山)さんに、この詩を捧げます。 僕もまた、やることがあります。


 ZURUさん、いつかまた。


今日の詩(145)

お告げの鐘
             服部 剛 

久々に浅草の
老舗の喫茶店「アンジェラス」に行ったら
すでに閉店していた 

「アンジェラスの鐘」は「お告げの鐘」

もう鳴ることのない、その鐘は
やがて記憶の風景に響くでしょう 

昭和から平成へと渡る幾年(いくとせ)の
無数の日々に訪れた
作家は思案に耽ふけり、珈琲カップを傾け
友と友は語らい
恋人たちの手はそっと結び合う  

レトロな三階建の
古時計の音が今も聴こえそうな
懐かしい空間よ

 さようなら 

時は常に流れ
あったものはすでになく
あの友の面影さえも、今はない 

今宵は胸に懐かしい 
異国の風景の塔の中
あの鐘は揺れている 

 さようなら、さようなら

の先に、新しい日は訪れ 
あなたの思いを越えたある日
合図の鐘は、冬の澄んだ青空に響くでしょう 

その日が早くても遅くてもいい

私は物語の合図を待ち
今日もそっと
目を閉じる 











今日の詩(144)「某駅の伝言板に~」 



某駅の伝言板に 服部 剛

書かれたチョークの白い文字
「 孫が悟った、空の色 」  




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